修復後の「平和村」の全景(2003年撮影)
「在中國日本人民反戦同盟平和村工作隊」(略稱:平和村)の舊跡は貴州省鎮遠県にあり、抗日戦爭時期に國民政府第2日本捕虜収容所であった。
1941年、當時の國民政府軍政部副主任の周恩來氏、軍政部第三庁庁長の郭沫若氏らのバックアップにより、日本の反戦作家の鹿地亙、池田幸子夫婦は罪を意識した収容中の日本捕虜による「在中國日本人民反戦革命同盟平和村訓練班」(後に「在中國日本人民反戦革命同盟平和村工作隊」に改名)を結成し、日本軍の意気込みを解消するために前線で反戦宣伝を展開し、中國の抗日戦爭の勝利に積極的な役目を果たした。
平和村の敷地面積は6192平方メートルで、前世紀80年代、地元政府と反戦同盟の元メンバーは協力して舊跡の大禮堂などの建築物を修復し、昔の通りに陳列した。平和村舊跡は、第6陣全國重點文物保護単位に指定されている。
「中國網日本語版(チャイナネット)」 2015年6月29日